材料解析のための電子エネルギー損失分光法 (EELS)
EELSとは?
電子エネルギー損失分光法 (EELS) は、材料の原子的、化学的な性質を顕微鏡スケールで調べるために用いられる優れた手法です。EELSは、試料と相互作用した後の電子の運動エネルギーの変化を計測することによって、材料の構造と組成に対する貴重な洞察を与えます。
原子構造や化学特性の理解が必須である材料科学やナノテクノロジーにおいて、この分析手法は非常に重要です。またEELSは、材料中に存在する原子の種類とその量の決定、化学状態の同定、材料の光学特性、音響特性を明らかにすることが出来る用途の広い手法でもあります。このレベルの詳細情報は、エレクトロニクスからエネルギー貯蔵技術まで特定のアプリケーションに最適化された特性を備えた新しい材料の開発に不可欠です。
EELSでは、試料中の構成成分を分析し独特なコントラストを有する像を生成するために薄い試料を通過した電子のエネルギー分布を利用しています。通常、EELS装置は透過型電子顕微鏡 (TEM)、または走査透過型電子顕微鏡 (STEM) に装着されており、試料を分析するため高エネルギー (60~300 kV) の電子を使用しています。電子が試料を透過する必要があることから、これらの電子顕微鏡には薄く、電子が透過する試料が必要です。電子は試料と弾性 (エネルギーの授受が無い)、あるいは非弾性の相互作用が生じ、特にEELSは試料に関する情報を抽出するために非弾性の相互作用を利用しています。
TEMでEELS分析を行う場合には、スペクトルを取得しイオン化エッジの構造を詳細に解析することで、試料の情報を明らかにすることが出来ます。代わりにエッジの総信号強度を用いることで、エネルギーフィルタ透過電子顕微鏡法 (EFTEM) として知られる試料中の元素分布に関するコントラストを示す像を生成することも出来ます。EELSとSTEMと組み合わせることによって、スペクトルイメージングと呼ばれる分析が可能となり、空間的に位置分解しながらスペクトル情報が得られます。このデータは試料から以下のような多くの情報を導き出すことが可能です:
- 試料厚さーゼロロスピーク (ZLP) と総スペクトル信号強度を利用
- 価電子/伝導帯電子密度―プラズモンピーク
- 光学的な反応(複素誘電関数)-ローロス信号強度分布
- バンド構造とバンド間遷移-ゼロロス近傍のスペクトル構造
- 元素組成-コアロスエッジ
- 結合と酸化状態 (非占有状態密度)-エネルギー損失吸収端微細構造 (ELNES)
- 近接原子分布(動径分布関数、RDF)―エネルギー損失広域微細構造 (EXELFS)
言い換えればEELSは単なる一連の分析手法にとどまらず、ミクロの世界を覗く窓であり、原子レベルで材料をより明確に理解することが可能となります。これは技術の進歩と社会の高まる要望に応える新たな材料を開発する上で極めて重要です。
EELSのアドバンテージ
EELSは、(S)TEMの高い空間分解能のアドバンテージを活かす強力な手法です。STEM-EELSスペクトルイメージングでは、原子レベルの急峻な界面から化学情報と構造情報を同時に取得することが可能です。非弾性散乱電子の前方散乱は小さな角度範囲であることから信号のほとんどを検出することが可能であり、結果として得られたスペクトルは高いシグナルノイズ比 (SNR) を示します。さらにこの前方散乱は、スペクトル上の様々なアーティファクト信号を低減します。また、EELSは高いエネルギー分解能と広いエネルギーレンジを達成しており、光学特性と音響特性、酸化状態、近接する原子の距離を含む様々な材料の特性の研究が実現します。
機能 | アドバンテージ |
---|---|
空間分解能の改善 | 非弾性散乱信号のほぼ100%の収集効率と優れたSNRを実現 |
試料中の元素を同定 | 異なるエネルギー範囲におけるスペクトルの特徴を識別することで、材料の有益な特性と害となる特性の両方を見出すことが可能 |
試料中の元素の定量化 | 材料中の絶対組成を決定することで、必要な材料の相と不要な材料の相を識別可能 |
試料中の元素の位置を同定 | 原子分解能近くで検出元素の空間分布を捉え、ナノスケールで材料の固有の分布を解明 |
試料の化学状態と結合を決定 | 材料の構造と安定性に関する知見が得られる |
分析の効果を高める | 材料中の相を識別し、材料の多くの情報を明らかにすることが可能 |
ワークフロー
ステップ1:試料調整 アーティファクトを与えず、試料表面へのダメージを最小化する手法を用いて電子線が透過するよう試料を薄くします。加速電圧200 kVの電子では、試料の厚さは100 nm以下であることが望ましいです。試料は導電性を備えており、試料ホルダーに確実に保持されている必要があります。STEMを用いた測定では、炭化水素、シリコンオイル、または同様の化学物質による試料、試料ホルダー、TEM真空への汚染を避けることが重要です。 |
ステップ2:電子顕微鏡の設定とアライメント 電子顕微鏡の様々な光学要素が適切にアライメントされていることを確認します。これによって、像の明るさを高め、レンズ収差に起因する像のぼやけを最小化します。 |
EFTEM測定
ステップ3:自動調整 スペクトルがフォーカスされ、磁気プリズムによる像のゆがみを補正するため、イソクロメートが得られる自動調整を行います。 |
ステップ4:分析箇所の決定 試料中の観察、分析箇所を決定 |
ステップ5:取り込み角の設定 対物絞りを用いて取り込み角を設定 |
ステップ6:元素マップの取得 元素種を選択し元素マップを取得。DigitalMicrographソフトウェア内のEFTEM Acquisitionパレットは、選択したエネルギー損失エッジに応じたエネルギー幅と範囲のウインドウを自動的に設定 |
ステップ7:合成マップを生成 各エッジの元素マップを重ね描きし、合成マップを生成 |
STEM-SI測定
ステップ3:Auto ZLP Tune 最適なスペクトルの分解能を達成するためゼロロスピークのフォーカスを調整。分散値 (Dispersion)、スペクトルの倍率はこのステップで決定。 |
ステップ4:分析箇所の決定 試料中の観察、分析箇所を決定 |
ステップ5:設定を行いスペクトルイメージを取得 スペクトルイメージデータを取得 |
ステップ6:データの解析 DigitalMicrographソフトウェア内のElemental Quantificationパレットを用いてスペクトル中のエッジを同定し定量モデルを生成 |
ステップ7:合成マップを生成 試料中の各元素の分布を理解するために元素濃度を計算 |
EELSの分析手法についての更なる情報は、EELS.info を参照ください。