微分位相コントラスト法
原子スケールで電場や磁場の測定を行い可視化することは、それらが直接電気的特性とその材料の応用(例えば、メモリ技術やオプトエレクトロニクスなど)に影響を与えるため材料科学の開発において極めて重要です。走査透過型電子顕微鏡(STEM)における微分位相コントラスト(DPC)法は、試料の内外における場を観察することを可能とし、その分解能は電子顕微鏡の性能によって決定されます。
Dekkersとde Lang [N. H. Dekkers and H. de Lang, Optik 41, 452 (1974)]によって提案されたDPCは、検出器面上における照射強度(収束電子線回折(CBED)パターン、またはロンチグラムとしても知られています)の重心位置(Center-of-mass, COM)の変位に依存しています。この水平方向のシフトは、電子プローブの運動量変化によるものであり局所的な電場に対して負の比例関係にあります。
非磁性試料については、電子線の経路を通じた電場の変動は僅かであり、また試料を透過した際の電子ビームの拡がりが小さいと仮定すると、この線形の関係を適用することが可能となり、ビームのシフト量を用いて局所的な電場を計算することが出来ます:
ここでは、ΔPxy: 電子ビームの運動量変化、 Exy: 電場、Δz: 試料厚さ、vzビームの進行方向に対する速度、です。
電場が計算されたらそのダイバージェンス(発散)を計算することで電荷密度を決定することが出来ます(ガウスの法則に従うと、電場のダイバージェンスはその電荷密度に比例します)。
通常のDPC像観察においては、電子顕微鏡に物理的に分割されたSTEM検出器を装着し、ビームシフトを測定するために対向する位置の検出器のセグメントに落射する信号強度差を測定することによって行われます(1977)。このような構成では、各プローブ位置に対してそれぞれの検出器のセグメントへと照射される信号量が十分となるようにカメラ長を選択することが非常に重要です。また各セグメントは検出面全体の信号を合算しているため、各セグメント内における信号強度変化は捉えることが出来ません。その他の欠点としては、いくつかの空間周波数の範囲に渡って情報伝達効率に制限があることです(Optik, 54, 83-96, 1979)。4D STEM DPCは各プローブ位置における完全な回折図形を記録することによってこれらの制限を克服しています。収差補正STEMと高速直接検出型ピクセルカメラの商用化によって、 4D STEM DPCによる像観察は薄膜試料における原子分解能電場測定の一般的な手法となりました。これは下記のフローチャートに従って、DigitalMicrograph®ソフトウェアで行うことが可能です。
DPCのための4D STEMデータ取得上の注意点
他の電子顕微鏡を用いた測定手法と同様に、電子顕微鏡の設定と試料がDPCによる電場測定においても非常に重要です。この場合、収束電子線回折(CBED)パターンが各STEMのプローブ位置において記録されていきます。そして各4D STEMのデータ内のパターンに対して電場を計算するための透過波のシフトを測定するために画像処理が行われます。
収束角:理想的な場合、STEMのプローブ径は電場の変化のスケールよりもはるかに小さいです。プローブ径(空間分解能)は収束角(コンデンサー絞り径とレンズの設定)によって決定されます。より大きな収束角を設定することでより小さなSTEMプローブ径が得られ(より高い空間分解能)、またその逆も当てはまります。原子分解能のDPCでは、プローブ径が構造の寸法よりも小さな場合、試料のポテンシャルは線形として取り扱うことが出来ます。この近似においては、試料のポテンシャルの強さに比例した位相が測定され、結果として回折図形では元々の照射されているディスクが均一にシフトします。もしプローブ径が測定された構造よりも大きな場合には、DPCの信号は元々の照射されているディスクのシフトと信号強度の再分布によって生じます。この信号には短周期と長周期のポテンシャルに関する情報が含まれており、周波数フィルタリングを適用することによってデコンボリューションすることが出来ます。
カメラ長:CBED内の透過ディスク全体が記録されるようなカメラ長を選択します。より長いカメラ長を選択することでディスクはより多くのピクセルに拡がりますが、結果としてデジタルカメラの1ピクセル当たりの信号量は減少します。カメラ長は収束角を選択した際にも考慮する必要があります。
試料厚さ:測定される電場は数ナノメートルよりも大きな厚さの試料でも影響を受けます。この場合、電子ビームの通過における電場の僅かな変化と試料を通過する際の電子ビームの拡がりが最小になるという仮定が成立しないためです。
DigitalMicrographソフトウェアにおけるDPCの計算
ここでのサンプルデータは、Molecular Foundry (米バークレー研究所)の研究者によって提供されたものであり、ここからダウンロード頂くことが可能です。電子カウンティングモード、ピクセルサイズ0.2Å、ピクセルドウェルタイムが0.00169秒でGIF Continuum® K3® IS systemを使用し加速電圧300 kVでエネルギーフィルタ4D STEMデータを取得しています。
DigitalMicrographソフトウェアにおけるDPCの計算は、下記のDifferential Phase Contrastパレット(下記スクリーンショット)を用いて4D STEMデータ(CBED)に対して行っています:
- ビーム変位ベクトル成分の決定 (試料面上のx、y方向の二つの直行する方向):ここで二つのオプションが選択可能です:
- 重心位置(Center of mass (CoM))に基づく計算か相互相関法に基づく計算か
- CoM: DigitalMicrographソフトウェアは(各プローブ位置における)回折図形に対しCoMを計算し、リファレンスとなるCoM(全データセットから計算されます)の位置と比較し、xとyのシフト量を出力します。
- 相互相関法:DigitalMicrographソフトウェアは4D STEMデータの中央の回折図形に対して(各プローブ位置における)回折図形の相互相関を求め(必要に応じてユーザー設定のフィルタリングが適用可)、xとyのシフト量を出力します。
- o 仮想分割検出器:これは物理的に分割されたSTEM検出器を用いた一般的なDPCと似ています。電子顕微鏡に検出器を装着する代わりに、DigitalMicrographソフトウェア上でユーザーが定義した仮想的な検出器(複数の半径方向とアジマス方向に分割)を使用します。ソフトウェアは各セグメントに対して回折図形上のピクセル信号強度の合算を計算します。続いて、ユーザーが設定した信号を出力します(個々のセグメントから得られた信号に様々な計算処理が適用可能)。
- 重心位置(Center of mass (CoM))に基づく計算か相互相関法に基づく計算か
- ビーム変位ベクトルマップとダイバージェンスの計算
二つの直行する成分を選択し、Calculate vector displacement をクリックします。DigitalMicrographソフトウェアは、各ピクセルに対するビーム変位ベクトルの強度と方向に相当する明るさと色でベクトルマップを出力します。最後にベクトルマップを選択し、Calculate divergence mapをクリックします。上記の式に基づいて、これらの出力結果が電場と電荷密度を計算するために用いられます。
謝辞
Christopher Addiego, Wenpei Gao, and Xiaoqing Pan (University of California Irvine, USA) provided consultation for developing and implementing the DPC technique in DigitalMicrograph. We would also like to thank Jim Ciston (Molecular Foundry, Berkeley, CA, USA) for providing the example dataset and Roberto dos Reis (Northwestern University) for constructive feedback.