Gatanの直接検出型電子カウンティング検出器を用いたビームストッパーを使用しない電子線回折図形の撮影方法
直接検出型カメラは、電子線回折実験においてシンチレータを備えたファイバーカップリングカメラと比較して様々なアドバンテージを有しています。電子カウンティングモードにおいては、Gatanの直接検出型カメラは個々の電子を検出することが可能であり、優れたシグナルノイズ比(SNR)とシャープな回折スポットが得られます。本アプリケーションノートでは、Metro™ カメラと K3® カメラの優れた電子線回折の測定のための能力を紹介し、これらの電子カウンティングカメラを用いた高品質の電子線回折図形取得のためのベストプラクティスを説明していきます。
本アプリケーションノートでは、MetroカメラとK3カメラの優れた電子線回折の測定のための能力を紹介し、これらの電子カウンティングカメラを用いた高品質の電子線回折図形取得のためのベストプラクティスを説明していきます。
電子線回折測定の手法
電子線回折図形のデータを取得するための透過型電子顕微鏡(TEM)の設定には多くの手法があります。今回、この中から特に4つの手法について、MetroカメラとK3カメラを用いた観察例と共に解説していきます。
制限視野電子線回折
制限視野電子線回折図形を取得する際には、入射電子線は 出来るだけ平行ビームとなるように 設定します。そして回折図形を得たい試料上の領域を選択するためには制限視野絞りを使用します。電子顕微鏡を電子線回折モードに切り替えることで、結像系の電磁レンズは対物レンズの後焦点面に形成される像をデジタルカメラ上に投影します。回折図形のスポットが最も収束された状態にするため、ディフラクションフォーカスの微調整が必要となる場合もあります。本ガイドでは制限視野電子線回折図形を得るためのTEMの設定の各手順を説明しますが、電子カウンティングカメラを用いる際に最高のデータを得る上で必要なパラメータについて特に焦点を当てていきます。制限視野電子線回折のためのTEMの設定方法についての詳細は、 Microscopy Todayの解説記事 やWilliamsとCarterの共著による Transmission Electron Microscopyの書籍 を参照ください。
図1に示す回折図形では、電子線回折測定を行う際のMetroカメラとK3カメラの優れた性能が良く示されています。いずれの制限視野電子線回折(SAED)図形もZSM-5ゼオライト試料から得ており、コントラストを反転して表示しています。Metroカメラで得られたSAED図形は、強い信号を飽和させず同時に弱い信号のスポットを見やすくするため信号強度の対数表示を行っています。透過波のスポットは入射した全ての電子を計数処理するには強すぎるため、この部分の信号強度は定量的ではありません。これに関しては SAEDの設定 の節で詳しく説明します。しかしながら、回折図形の中心位置は十分観察可能であり、ビームストッパーを用いて遮ることなく観察することが出来ています。
図1に示す回折図形では、電子線回折測定を行う際のMetroカメラとK3カメラの優れた性能が良く示されています
Step-by-step instructions for SAED
連続ディフラクショントモグラフィ (Micro ED、または3D EDとも呼ばれます)
3D EDとしても知られるMicroEDは、化学的な化合物や生体高分子の高分解能の構造を決定するために用いられる手法です。TEM内に結晶試料をセットし試料ステージを連続的に傾斜させながらSAEDデータを収集します。MicroED/3D EDの詳細については、 Structure誌 や Frontiers in Molecular Biosciences誌、および eLifeの文献 を参照ください。
シグナルノイズ比(SNR)と動画(30フレーム毎秒以上)として十分に高いカメラのフレームレートが、MicroEDのデータ取得において非常に重要です。高いSNRは、特に信号強度の弱い高分解能の周波数領域においてブラッグ強度を精度良く測定する上で必要です。また、高いフレームレートは試料を連続的に傾斜させながらMicroEDのデータ取得を行う際に必要となります。試料の結晶と入射電子との相互作用によって生じる動力学的な散乱の影響を低減し、単結晶からのデータをより完全な物とすることが可能な逆空間における細かなサンプリングを実現するため、試料を連続傾斜することが望ましいです。K3やMetroのようなカメラでは、ビームストッパーを使用せず回折図形のデータを取得することが出来ます。図2にK3カメラで取得した MicroEDのデータセット の投影像を示します。
Step-by-step instructions for MicroED
収束電子線回折
図3に示すような収束電子線回折(CBED)図形を取得するには電子ビームが大きな収束角を有している必要があり、電子ビームは小さく収束されながら同時に広い入射角度範囲で試料に照射されています。この設定は電子顕微鏡を走査TEM(STEM)モードに切り替えて所望の位置にビームを止める、あるいは他の方法で電子ビームの収束角を設定することで得ることが可能です。収束電子線回折図形には様々な情報が含まれていますが、本アプリケーションノートでは触れません。より詳しくはWilliamsとCarterの共著による Transmission Electron Microscopyの書籍 を参照ください。
Step-by-step instructions for CBED
4D STEM
4D STEMは多くの様々な手法と電子顕微鏡の設定が含まれる測定方法であり、試料上を電子ビームでスキャンしながら各位置の回折図形を収集します。DigitalMicrographソフトウェアでは、ビームを走査しデジタルカメラとハードウェアを用いた高速同期を行うため、DigiScanを用いたエネルギー損失分光法(EELS)やエネルギー分散型X線分光法(EDS)のスペクトラムイメージングデータの収集手順と同様の方法で実現しています。 STEMx®は現在のGatan社製の全てのデジタルカメラに対してDigiScanビームコントロールとの高速ハードウェア同期を実現しています。
STEMxは現在のGatan社製の全てのデジタルカメラに対してDigiScanビームコントロールとの高速ハードウェア同期を実現しています
Pythonスクリプトを用いて処理を行った4D STEMデータセットの解析例を図4に示します。取得データは多次元であるため、二次元のモニター上に四次元のデータセットを可視化するためには常に何等かの処理が必要となります。4D STEMとDigitalMicrographソフトウェアにおけるデータ処理の詳細については、Gatan社のホームページ内の Techniquesページ 、あるいは図4に示す処理内容が述べられている 実験概要 を参照ください。
MetroカメラとK3カメラにおける回折図形の撮影のための照射電子線密度の設定方法
電子カウンティング機能を有する直接検出型カメラを用いた回折図形撮影のためのポイント
回折図形の撮影のために電子線照射密度を適切に設定することは、どのカメラにおいても最高の結果を得るために必要です。回折図形の記録のための照射電子線密度を決定する際に、ふたつの重要なハードウェアのパラメータが存在します。ひとつめは正確に定量化が可能な最大照射電子線密度です。そしてもうひとつは、一時的な僅かな損傷でさえもセンサーに引き起こす事無く使用可能な最大の照射電子線密度です。いずれのパラメータも不適切な場合には良好な回折図形のデータを取得することが出来ません。そのため、最適条件でのデータ取得を実現するために、システムの設定を行う上でこれらを理解しておくことが重要です。
回折図形の記録のための照射電子線密度を決定する際に、ふたつの重要なハードウェアのパラメータが存在します。ひとつめは正確に定量化が可能な最大照射電子線密度です。そしてもうひとつは、一時的な僅かな損傷でさえもセンサーに引き起こす事無く使用可能な最大の照射電子線密度です
ピーク強度の定量化
MetroカメラとK3カメラは直接検出型カメラであり、入射電子をひとつずつ数えて像を形成します。ただ一つの電子の漏れもなく全ての電子を数えるためには、連続したセンサーの読み出しの間にそれぞれのピクセルに対してひとつの電子だけが入射する必要があります。そのため、センサーがより速く読み出すことが可能であれば、より多くの電子を数えることが出来るようになります。MetroカメラとK3カメラのいずれのセンサーも、電子を素早く数えるために高速で読み出しています。しかしながら、 正確に定量化 するためにはそれでも最大の照射電子線密度に上限が存在します。MetroカメラのDモードにおける推奨最大電子線照射密度は 80 e-/pix/s であり、一方K3カメラの推奨最大電子線照射密度は 40 e-/pix/s となっています。
MetroカメラのDモードにおける推奨最大電子線照射密度は 80 e-/pix/s であり、一方K3カメラの推奨最大電子線照射密度は 40 e-/pix/s となっています
図8と図9に示すように、推奨最大値よりもはるかに強い強度であっても、センサーにダメージを与えずに撮影することは可能です。しかしながら、その信号強度は 80 e-/pix/s以上では非線形に増加していきます。解析のため回折スポットの定量的な強度や強度比が必要な場合には、データ取得前のライブ観察中に最大信号強度のピークの信号強度を測定して確認しておく必要があります。これはピークを含むように非常に小さなROIを配置し、モニター下部に表示される電子線の照射密度の表示の値 (単位は e-/pix/s ) が推奨範囲内(Metroカメラでは <80 e-/pix/s、K3カメラでは <40 e-/pix/s )にあることを確認することで可能です。注意する点としては、表示される電子線照射密度の値は像上のピクセル当たりの電子線量であって、物理的なピクセル当たりの値ではないことです。そのため、もしMetroカメラで2×のビニング設定で観察している場合には、相当する最大照射電子線密度は 4 × 80 = 320 e-/pix/s となります。
この非線形の信号強度の挙動の顕著な影響として、信号強度が非常に強い場合にコントラストの反転として観察されます。図1に示すMetroカメラとK3カメラで得られた制限視野回折図形において、このコントラスト反転はそれぞれ 250 e-/pix/s と 120 e-/pix/s 以上で起こっており定量的な信号強度評価に求められる推奨最大強度の約3倍以上で発生しています。取得条件が適切に設定されておりかつ試料の厚さが薄ければ、回折波に対して数桁高い信号強度の透過波に対してのみこの現象が見られます。このコントラスト反転は、図5に観察されるように回折図形の厳密な中心に存在する透過波の数ピクセルの明るい部分と共に通常観察されます。実際の観察においては、このコントラストの反転と明るいピクセルの存在を利用して、撮影前に正確にディフラクションフォーカスを調整したり取得後に正確に透過波の位置を決定したりすることが出来ます。ビームストッパーを用いて透過波を遮ることも可能ですが、回折図形中の中心を正確に決定するのは困難になります。
実際の観察においては、このコントラストの反転と明るいピクセルの存在を利用して、撮影時に正確にディフラクションフォーカスを調整したり取得後に正確に透過波の位置を決定したりすることが出来ます
一時的な損傷を防ぐために
カメラに対する照射電子線密度を設定する際に考慮すべきもうひとつのポイントは、続いて取得する像中に一時的なダメージ痕を生じることなくカメラが処理することが可能な最大照射電子線密度です。K3カメラとMetroカメラは、それぞれダメージ無しに 15,000 と 30,000 e-/pix/s まで照射することが可能です。この値は定量的な評価が可能な強度よりもはるかに強い照射量です。回折図形中で透過波スポットに信号強度のほとんどが集中する非常に厚さの薄い試料と弱い散乱能の試料においては、カメラに到達する総照射電子線密度はK3カメラでは <250,000、そしてMetroカメラでは <500,000 e-/s にすべきです。
カメラに到達する総照射電子線密度はK3カメラでは<250,000、そしてMetroカメラでは<500,000 e-/s にすべきです
この照射電子線密度において、全ての信号強度が透過波に集中しカメラ上の4×4ピクセルの領域に絞られたと仮定すると、各ピクセルにそれぞれのカメラに対して約15,000 と 30,000 e-/pix/s の電子線が照射されることになります。はるかに多くの信号が透過波スポット以外に散乱される厚い試料に対しては、総照射電子線密度は 250,000 あるいは 500,000 e-/s 以上に設定することも可能です。これは検出器への照射電子線密度がより多くの回折スポットやカメラのピクセルに拡がるためです。
はるかに多くの信号が透過波スポット以外に散乱される厚い試料に対しては、総照射電子線密度は 250,000 あるいは 500,000 e-/s 以上に設定することも可能です
電子ビームや回折図形の透過波スポットを直接カメラのセンサー上に絞った場合には、常にこの条件を超えてしまう可能性があり、結果としてセンサーへ僅かに損傷を与えてしまう場合があります。知っておくべき第一の重要な機能として、カメラが非常に強いビームを検出すると、カメラは即座にブランキングされ自動的に後退するようになっていることです。
カメラが非常に強いビームを検出すると、カメラは即座にブランキングされ自動的に後退するようになっています
この動作はダイナミックセンサープロテクション機能と呼ばれており、カメラに対する深刻な損傷を防ぎます。しかしながら、これよりも弱いビームであってもセンサーは僅かな一時的な損傷を受けてしまう場合もあり、結果としていくつかのピクセルの特性が少し変化し、新たに取得する像上に暗いスポットが観察されるようになってしまいます。回折スポットを 15,000 あるいは 30,000 e-/pix/s 以下に維持し損傷を避けるためには、電子顕微鏡の電子線回折図形を取得するための設定でいくつかの簡単なステップを実行するだけで可能です。このステップは以下の MetroカメラとK3カメラにおける回折図形取得のための照射電子線密度の設定 の節で説明します。照射電子線をこの手順で設定することで試料へのダメージも最小化することが出来ます。カメラへの損傷が生じてしまった場合において、それらを軽減し除去するための詳細については、以降の 像中のダメージ痕の解消方法 の節をご覧ください。
MetroカメラやK3カメラのような最新のCMOSカメラとこれまでのCCDカメラとの間の大きな違いは、MetroカメラとK3カメラのセンサーは内部で常に高速で情報を読み出していることです。そのため、操作者が長い露光時間を設定した時にも短い露光時間の多くの情報を積算しているだけであり、センサーの読み出し速度は一定です。このことはこの短い露光時間中に電子線によってセンサーが飽和せずダメージを受けなければ、操作者が非常に長い露光時間を設定したとしてもセンサーにダメージを与えることは無いことを意味しています。
短い露光時間中に電子線によってセンサーが飽和せずダメージを受けなければ、操作者が非常に長い露光時間を設定したとしてもセンサーにダメージを与えることはありません
それ故、電子ビームや試料が露光中に安定であれば、数十秒、あるいは1分を超える露光時間であっても問題無く、このような長い露光時間であっても記録される回折図形が変化することはありません。
SAEDの設定
照射電子線を平行照射に設定する制限視野電子線回折では、回折図形はシャープなスポットとなることから電子カウンティングカメラにとっては最も撮影が難しいと言えます。しかしながら、図1、図8、図9に示してきたように、適切な電子顕微鏡の設定によって問題無く観察を行うことが可能です。
照射電子線を平行照射に設定する制限視野電子線回折では、回折図形はシャープなスポットとなることから電子カウンティングカメラにとっては最も撮影が難しいと言えます。しかしながら、図1、図8、図9に示してきたように、最適な電子顕微鏡の設定によって問題無く観察を行うことが可能です
本ガイドでは制限視野電子線回折のためのTEMのセットアップについて詳細な手順は説明しませんが、電子カウンティングカメラを用いて最高のデータを取得する上で重要なパラメータに焦点を当てます。制限視野電子線回折のためにどのようにTEMを設定するかについての詳細は、先にご紹介した Microscopy Todayの解説記事 、あるいはWilliamsとCarterの共著による Transmission Electron Microscopyの書籍 を参照してください。
最高のSAED図形を得る上での最も重要なポイントはビーム強度を抑えることです
最高のSAED図形を得る上での最も重要なポイントはビーム強度を抑えることです。これを実現するには、単にIntensity/Brightnessの設定を変更して制限視野絞り内の照射電子線密度が望んだ値になるよう十分にビームを拡げるだけです。しかしながら、電子線照射に敏感な材料に対してはこの操作は理想的ではありません。なぜなら電子ビームは弱いとは言え試料上の広い範囲を照射してしまうためです。代わりに、Spotsizeの設定を行い適切な小さな径のコンデンサー絞りを選択します。これによって制限視野絞り内に同じ低い照射電子線密度を実現しながら電子線を照射する範囲を狭くすることが可能です。日本電子株式会社製のTEMではスポットサイズを6~7、ThermoFisherScientific社製のTEMでは10~11程度が理想的です。Spotsizeの設定を大きく変更し同時にコンデンサー絞り径を小さくし過ぎると、電子ビームと制限視野絞りのアライメントを行うのが難しくなる点についてはご注意ください。
ディフラクションモードでは透過波のスポット強度を定量的に測定することは通常困難なため (ピーク強度の定量化 の節を参照ください)、最高の結果を得るためには、ビームの強度は電子顕微鏡本体のモードをディフラクションモードに切り替える前にイメージングモードで測定しておきます。
最高の結果を得るためには、ビームの強度は電子顕微鏡本体のモードをディフラクションモードに切り替える前にイメージングモードで測定しておきます
制限視野(SA)絞りを挿入し、カメラ上でSA絞り全体が観察可能になるまで倍率を下げます。制限視野絞り径は回折図形を得たい対象の試料の大きさに応じて既に選択されているので、必要な倍率は絞り径に左右されることになります。
この条件を図6と図7に示します。カメラに到達する最終的な回折図形に寄与する全ての電子ビーム強度を用いて、カメラ上の総照射電子線密度が十分低くなるようBrightness/Intensityを調整することが可能です。総照射電子線密度はDigitalMicrographソフトウェア上のツールを用いて測定することが可能ですが、さらに簡単にするために Gatan社ホームページ上に書かれたスクリプト があります。ライブビューに対してスクリプトを実行し、電子ビームのBrightness/Intensityつまみを調整して総照射電子線密度を調整することが出来ます。代わりに制限視野絞り径が既知の場合には、試料上の照射電子線密度(単位:e-/Å2/s)はDigitalMicrographソフトウェア下部に表示される照射電子線量モニターを参照しながら適切な値に調整することが出来ます。例えば、500 nm の直径の制限視野絞りについては、照射電子線密度の 0.0127 e-/Å2/s が 250,000 e-/s に相当します。
電子ビーム強度が 500,000 e-/s かそれ以下に調整出来ましたら、TEMモードからディフラクションモードへと切り替え、カメラに対して回折図形のセンタリングを行います。試料の結晶構造から想定される最大の回折角が観察可能なようにカメラ長を調整してください。ここで注意すべき点は、TEMの蛍光板上ではその回折図形の信号強度が非常に弱く見えることです。透過波のスポットをカメラで観察を行いながらディフラクションフォーカス(Brightness/Intensityつまみではありません)を用いてフォーカスを合わせる際、図5に示すようにパターン中央部のコントラスト反転部分の中央の明るい箇所のサイズが最も小さくなるように調整します。この手順に従った場合、多くの場合 ピーク強度の定量化 の節で説明したように恐らくはコントラストの反転が観察されます。繰り返しになりますが、これはセンサーへのダメージ発生を示唆しているのでは無く、非常に強い信号強度のスポットにおいて単位時間当たりにカメラへ照射する電子の数にカウンティングのアルゴリズムが追随出来なくなっている事を示しています。低い照射電子線密度で回折図形を取得する場合には、弱いピークに対して十分なシグナルノイズ比を得るためにより長い露光時間が必要となります。
ピーク強度の定量化 の節で説明したように、K3カメラやMetroカメラのような電子カウンティングカメラにおいてこの点は問題ではありません。像を取得するための理想的な露光時間は実験に応じて決まるものであり、カメラによって決定される最大の露光時間によって制限されるものではありません。MicroEDや回折図形のその場観察動画を取得する場合には、2~40fpsでデータを取得します。MicroEDにおける理想的な傾斜角度範囲と傾斜速度は結晶格子の試料の種類と対称性に依存し、通常0.1~2°程度の速度で行います。
低い照射電子線密度で回折図形を取得する場合には、弱いピークに対して十分なシグナルノイズ比を得るためにより長い露光時間が必要となります
図8と図1Aに示す回折図形では、Metroカメラの回折図形の撮影能力の一部が良く示されています。個々のスポットは非常にシャープであり、図8での例では最も高強度のピークについてもほぼ2ピクセルの半値幅です。透過波のスポットは全ての電子をカウントするには強すぎるため、この部分の信号強度に対して定量性はありません。回折スポットのピークの位置と相対強度が通常最も重要であるため、正確に強度を測定することはあまり重要ではありません。パターンの中央の位置は観察されており判りやすいことから、ビームストッパーを用いて遮る必要はありません。
回折スポットのピークの位置と相対強度が通常最も重要であるため、正確に強度を測定することはあまり重要ではありません
図8と図1AのパターンはMetroカメラで取得しており、回折図形の観察に最適化されたDモードを使用しました。Dモードにおいてカメラは1秒当たりにより多くの電子をカウントすることが可能であり、バックグラウンドノイズが特に抑えられています。結果として図8の信号強度プロファイルに示されるように数桁に渡る強度差のダイナミックレンジを有するパターンが取得出来ています。それぞれのパターンのダイナミックレンジとシグナルノイズ比は露光時間によって決定され、露光時間が長くなる程、積算による大きなダイナミックレンジと高いシグナルノイズ比を達成しています。
図9はK3カメラを使用し照射電子線密度 0.002 e-/Å2/s で撮影した、ZSM-5の結晶から取得したMicroEDの投影像を示しています。回折図形はその信号強度が3桁におよぶブラッグ強度に対して非常に低いバックグラウンドと高いシグナルノイズ比を示しています(図9)。ほとんどのピーク強度はその半値幅がほぼ2~3ピクセルです。そして優れたシグナルノイズ比は制限視野電子線回折とMicroEDのアプリケーションにおける電子カウンティングのアドバンテージを示しています。最近 Clabbersら は、ビームストッパーを使用せずK3 カメラを用いたMicroEDによって、lysozymeとProteinase Kの構造をそれぞれ1.2と1.7Åの分解能で報告しました(図10)。
著者らは照射電子線密度0.0025 e-/Å2/s、データ取得のための試料傾斜速度は0.15°毎秒、総照射電子線量は1 – 1.4 e-/Å2の条件を使用しています。動画は毎秒2、あるいは10フレームで420~560秒かけて収集しています(図10)。
CBEDの設定
本ガイドは収束電子線回折のためにTEMをどのように設定するかの詳細については触れません。しかしながら、電子カウンティングカメラを用いて最高のデータを取得するための重要なパラメータについて焦点を当てます。CBEDのためにTEMをどのように設定するかの詳細については、先にも紹介した Microscopy Todayの解説記事 、またはWilliamsとCarterの共著の Transmission Electron Microscopyの書籍 を参照してください。SAEDとは異なり、CBEDはカメラ上の数ピクセルに大きなビーム電流が集中することは無く、結果としてコントラストの反転はほぼありません。しかしながら、各回折スポットの信号強度が定量可能でかつ線形性を有していることが重要となります。それ故、回折スポットの明るい領域における照射電子線密度を測定し、Metroカメラ(Dモード)で80 e-/pix/s、K3カメラで<40 e-/pix/sの最大推奨照射電子線密度以下であることを確認することが重要です。
CBEDはカメラ上の数ピクセルに大きなビーム電流が集中することは無く、結果としてコントラストの反転はほぼありません。しかしながら、各回折スポットの信号強度が定量可能でかつ線形性を有していることが重要となります
ビーム強度が強すぎる場合には、Spotsizeをより低いビーム電流が得られるように変更してください。あるいは回折スポットがより多くのピクセルに拡がるようカメラ長を長くして頂くことも出来ます。しかしながら、これは逆空間における視野が狭くなることに注意してください。最後に、引き出し電圧を下げることも可能ですが、これについては電子顕微鏡の管理者にご相談ください。
推奨最大照射電流密度は取得像がビニングされていない条件であることを仮定しています。もし取得像がビニングされているのであれば、MetroカメラとK3カメラの最大照射電子線密度が増加することになります(例えば、Metroカメラの1k×1kピクセルの場合、1ピクセル当たりの最大照射電子線密度は4倍、すなわち 320 e-/pix/s まで高くなります)。スポット中のこの照射電子線密度を測定するには、像上でスポットを完全に含むよう四角(円形ではなく)のROIを配置し、DigitalMicrographソフトウェアの下部に表示される照射電子線密度の値を確認することで可能です。
像中のダメージ痕の解消方法
これまでの節で説明してきたカメラの設定のための手順に従って頂いている限り、ダメージ痕を残すようなことはありません。しかしながら、カメラで取得した像中にダメージ痕が残ってしまった場合を考えてみます。そんな場合であっても、カメラのメンテナンスやセンサー交換の必要性を意味しているわけでは無く、これを容易に除去することが可能です。これはいくつかのピクセルのセンサー材料の僅かな変質を意味しており、ここで説明するように軽減し更には元に戻すことも可能です。
これまでの節で説明してきたカメラの設定のための手順に従って頂いている限り、ダメージ痕を残すようなことはありません。しかしながら、カメラで取得した像中にダメージ痕が残ってしまった場合を考えてみます。そんな場合でも、容易に回復することが出来ます
ダメージ痕が観察された場合、まず初めに行うことは新たにDark reference像を取得することです。これによってほとんどの場合一時的に痕を除去することが可能であり、この補正を使用した像はこれまで通り有効です。しかしながら、センサー材料は徐々に元々の状態に戻っていくため、新たに取得したDark reference像の有効性は時間の経過と共に失われて行きます(数分から数時間の単位で)。それ故、最高性能を維持するためにはDark reference像を頻繁に更新する必要があります。幸い、新しいDark reference像の取得には僅か数秒しか要しません。新しいDark reference像を取得するには、DigitalMicrographソフトウェア中のCameraメニュー内にあるPrepare Dark Referenceを選択します。Dark reference像の取得中は自動的にビームがブランキングされます。CameraメニューはPower Userのユーザーモードでのみ表示される点にご注意ください。詳細については、MetroカメラとK3カメラのユーザーマニュアルを参照ください。
ダメージ痕が観察された場合、まず初めに行うことは新たにDark reference像を取得することです
僅かなダメージ痕をカメラから完全に除去するには、アニールサイクルを一晩実行しセンサーを加熱することでセンサー材料に蓄積されたダメージを解消させます(どのようにアニールサイクルを実行するかの手順についてはMetroカメラとK3カメラのユーザーマニュアルを参照ください)。アニールサイクル後、新たにGain reference像を取得する必要があります。どのようにGain reference像を取得するかについても、ユーザーマニュアルを参照ください。同じくユーザーマニュアルにあるように、目に見えるダメージ痕が無くても定期的なカメラのメンテナンスとして、いずれのカメラも定期的なアニールサイクルの実行をお勧めします。
僅かなダメージ痕もカメラから完全に除去するにはアニールサイクルを一晩実行します
MetroカメラとK3カメラのセンサーは、カメラ自体の寿命まで利用可能な様に設計されています。ビームによるダメージに対して十分な耐久性を備えており、本アプリケーションノートで説明してきたようにビームストッパー無しに回折図形を記録することが可能です。もし上記の手順を行ったにも関わらずセンサーへの永続的な損傷を与えてしまったと感じた場合には、それを示す*.dm4形式のファイルと共に症状の詳細を Gatan社の技術サービス部 までご連絡ください。
MetroカメラとK3カメラのセンサーは、カメラ自体の寿命まで利用可能なように設計されています。ビームによるダメージに対して十分な耐久性を備えており、本アプリケーションノートで説明してきたようにビームストッパー無しに回折図形を記録することが可能です
最後に
MetroカメラとK3カメラは、シンチレータを備えた一般的なカメラと比較して低く抑えられたバックグラウンドノイズとシャープな像によって高いクオリティの回折図形を記録することが可能です。高速の読み出しと高耐久のセンサーによって、これまでのデータで示すように照射条件を適切に設定すればビームストッパーを用いることなくこれらのカメラを使用して撮影することが出来ます。電子線回折図形を記録するための本ガイドは、MetroカメラとK3カメラを用いた高いクオリティの回折図形を撮影するための最適な条件についてより良く理解頂き、実際の操作に反映させるべくまとめられました。