Cipherでリチウムの分布をマイクロスケールで明らかにする
はじめに
リチウムを含む化合物や合金は、携帯電子機器や自動車に使用されるリチウムイオン電池から軽量構造合金まで、21世紀の多くのキーテクノロジーに不可欠です。これらの分野では、リチウムの含有量をマイクロスケールで測定する方法が無いにも拘わらず、その進歩は目覚しいものがあります。一般的には、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いたエネルギー分散型X線分析(EDS)がマイクロアナリシスで使用されています。しかし、原子番号(Z)<4の元素では、発生した特性X線(例えば、Li Kは〜55 eV)が試料や酸化膜の存在、汚染によって減衰しやすく、特殊な検出器を使用しなければならないため、EDS分析による評価が実現できていないのが現状です。いずれにせよ、Liの検出限界は20 wt% 程度であり、蛍光収率がLiの結合状態に依存するため、定量的な測定ができないことが大きな課題となっています[1]。さらに最近では、これらの検出器を用いて収集されたLiマップの信頼性が低いことが指摘されています[2]。
しかし、最近、LKR/AITの研究者によって、EDSと定量反射電子像(qBEI)を用いた差分による組成法により、SEMにおけるLiの定量化が実証されました[3, 4]。EDS分析は元素 Z = 4 - 94 の定量計算に使用され、qBEIは平均原子量(Z=1-94の場合は原子番号の関数であるqBEI信号)を決定するために使用されました。軽元素(Z=1-3)の割合は、分析されたMgLi合金から計算され、Liであると仮定されました。この強度差組成決定法(Li-CDM)により、5wt%未満のLiを許容範囲内の精度(〜1 wt%)で検出できることが実証されました。
GatanとEDAXは、EDAX製 Octane Elite または Elect Super EDS検出器とGatan製 OnPoint™ 後方散乱電子検出器および DigitalMicrograph®ソフトウェアの強度差組成決定モジュールを統合し、試料のリチウム組成を定量的に測定するCipher™ システムを発表しました。この記事では、さまざまな非金属材料におけるLi-CDMの精度を評価し、Cipherを使ってLiAlO2とリチウムイオン電池の正極材料によく使われるリチウムニッケルマンガンコバルト酸化物粉末のリチウム含有量を分析した最新の結果について説明します。
試料と測定方法
Cipherを使用して、55個の試料(Micro-Analysis Consultants Ltd)について定量反射電子像の観察(信号量測定)を行いました。試料には、鉱物、半導体、および合金材料が含まれ、原子番号は 4~83の範囲でした。試料は機械研磨され、SEM分析時の帯電を避けるためにPECS™ II システムを使用して2.0 nm厚のカーボン薄膜を堆積させました。
Cipherを使用したリチウムの定量分析を、市販されている 2つの試料、高純度 (>99.99 %) の LiAlO2 (100) 結晶基板とリチウム ニッケル マンガン コバルト酸化物 (NMC) の粉末(Ni:Mn:Co 比8:1:1、Li 5.7 wt. % =約 25 at.%)で実施しました。
これらの試料は、ブロードアルゴンビームを使用するGatan製の Ilion® II または PECS™ IIでイオン研磨し、帯電防止のため2.0 nm厚のカーボン薄膜を堆積させて調製しました。尚、試料調製前にNMC 811粉末試料をエポキシ樹脂に包埋しました。FE-SEMを使用して、EDSおよびqBEIデータをそれぞれ 20 kV および 25 kV で収集しました。このとき,すべてのX線が効率的に励起されると同時に励起ボリュームも同等になるように条件を選択しました。市販のNMC試料については、結晶構造を明らかにするために、Clarity™検出器を使用した電子線回折結晶方位解析(EBSD)も行いました。
図 1. 初めて試料中のリチウム含有量の定量分析が可能となり、Cipherシステムはリチウムの研究を活性化させます。
結果と考察
Li-CDMの複合材料への適用性の評価
平均原子番号 の関数としての qBSE シグナルは、図 2 にプロットされており、式 (1) の改良された電子アプローチを使用して計算されています ([5] の後):
式 1.
ここで、 ai は元素 i の原子組成百分率を表し、x ≃ 0.7 です。 他の出版物 ([6] など) に合わせて、qBSE シグナルは次の関数に当てはめられました:
式 2.
ここで、C と q は SEM と検出器の設定に関連する定数です。
平均原子番号40以下の化合物では、式2の指数関数と実測データの優れた適合性が確認されました。しかし、平均原子番号40を超える化合物では、実測データは一般的なトレンドライン(理論曲線)に沿っているが、データのばらつきが大きく、Li-CDM計算の不確かさが大きくなると予想されます。しかしながら、Li-CDMは平均原子番号40以下の幅広い金属および非金属の試料に適していることが確認されました。
図 2. 平均原子番号に対する正規化された後方散乱電子の輝度グレーレベルのプロット。 化合物材料の平均原子番号は、式(1)の改良された電子アプローチを使用して計算されました。〇は実験データで、点線は式 (2) からの指数関数です。
LiAlO2のリチウム含有量の評価
Cipher を使用して、LiAlO2試料のリチウム含有量を測定しました。組成分析結果を表1にまとめます。リチウム含有量は 22.6 ± 3.5 at. % (9.5 ± 1.7 wt. %); 公称組成の25.0 at. % (10.5 wt. %)に対して、わずか2.4 at. %(0.9 wt. %)の誤差でした。
Li | Al | O | |
By stoichiometry | |||
At. % | 25.0 | 25.0 | 50.0 |
By EDS | |||
At.% | - | 29.6 | 70.4 |
Std. dev. | - | 1.6 | 5.1 |
Li composition-by-difference | |||
At. % | 22.6 | 22.9 | 54.6 |
Std. dev. | 3.5 | 1.0 | 4.0 |
表 1. LiAlO2試料の定量結果
リチウムイオン電池正極材料のリチウム含有量の評価
分析した NMC811粉末は、直径5~30 µmのほぼ球形の「二次」粒子で構成されています。これらの二次粒子は、より小さな「一次」粒子の凝集体であり、電子線回折結晶方位解析 (EBSD) によって結晶方位マップが確認されました(図 3)。EDAX製 Clarity EBSD 検出器によって収集された方位マップは、ランダムな結晶方位と粒子間のギャップが少ない、サイズが200~2,000 nm の一次粒子が明らかになりました。
図 3. a) 二次電子像 と b) リチウムニッケルマンガン酸化物粉末試料の方位マップ
NMC粒子内の任意選択位置でEDS定量分析を行い、分析された粒子内または粒子間でO、Ni、Mn、およびCoの検出量に大きな差は見られませんでした(表2)。また、その他の元素は検出下限値以下でした。定量計算結果におけるNi:Mn:Co 比は8.07:1.00:1.01で、公称 8:1:1 比と一致することがわかりました。
Expectation per nominal (at. %) | ||||||||
Li | O | Ni | Mn | Co | Ni | Mn | Co | |
- | 66.7 | 26.7 | 3.3 | 3.3 | 8.00 | 1.00 | 1.00 | |
Experimental (at. %) | ||||||||
O | Ni | Mn | Co | Ni | Mn | Co | ||
Spot 1 | 73.3 | 21.3 | 2.7 | 2.7 | 7.89 | 1.00 | 1.00 | |
Spot 2 | 74.4 | 20.3 | 2.6 | 2.6 | 7.81 | 1.00 | 1.00 | |
Spot 3 | 72.8 | 21.8 | 2.7 | 2.7 | 8.07 | 1.00 | 1.00 | |
Area 1 | 73.0 | 21.4 | 2.7 | 2.9 | 7.93 | 1.00 | 1.07 | |
Area 2 | 71.7 | 22.9 | 2.7 | 2.7 | 8.48 | 1.00 | 1.00 | |
Area 3 | 73.2 | 21.5 | 2.6 | 2.6 | 8.27 | 1.00 | 1.00 | |
Mean | 8.07 | 1.00 | 1.01 |
表 2. NMC粒子のEDS定量結果、なお分析位置は図4に示す
6つの異なるNMC粒子からのリチウム含有量は、Cipherを使用して決定されました。なお、分析位置を図4に示します。平均リチウム濃度は 22.5 at. %(5.7wt. %)であると決定され、これは公称組成値 7.3 ± 0.3 wt. %の1.5 wt. %以内の誤差でした。
図 4. a) 輝度(グレースケール強度)を平均原子番号に直接関連付ける反射電子像、EDS定量分析およびLi-CDMの分析位置が示されています b) Cipherを使用して分析された6つのNMC粒子のリチウム含有量のグラフ表示
これは、従来のSEMで正極材料の充電状態が初めて測定されたため、電池材料の分析における大きな前進です。ここで25 at. % 未満のLi は、充電されていないバッテリーの状態に対応します。
まとめ
リチウムの強度差組成決定法は、化学量論的な化合物試料で実証されました。高純度LiAlO2結晶基板のリチウム含有量は、化学量論値の1 wt% 以内の9.5 wt% と決定され、金属試料の既報と同様の精度でした [2]。
NMC正極材料のリチウム含有量を、初めて走査型電子顕微鏡で定量的に測定しました。この試料では、充電されていない電池の状態に相当する平均リチウム含有量22.5 at.%が実際に測定されました。これらの結果は、より幅広い材料に対するLi-CDMの有効性を示すものであり、Cipherを使用したリチウム電池材料の特性評価の可能性を開きます。
参考文献
- P. Hovington et al., Scanning 38 (2016) p. 571–578
- R. Gauvin and N. Brodusch, Microsc. Microanal. 28 (Suppl 1), 2022. doi:10.1017/S1431927622002847
- J.A. Österreicher et al., Scripta Materialia 194 (2021) 113664
- Austrian Patent Application A 50783/2020
- J. Donovan et al., (2003) Microsc. Microanal. 9, p. 202. DOI: 10.1017/S143192760030137
- A. Garitagoitia Cid et al., Ultramicroscopy 195 (2018) 47
- https://www.edax.com/-/media/ametekedax/files/eds/ technical_notes/3d%20analysis%20of%20eds%20data.pdf
- D. Kaczmarek, Scanning Microscopy 12 (1) (1998) p. 161-169